こんにちは、柴山です。
中小企業診断士診断士の2次試験において、最初に目にすることになるのが、事例Ⅰの第1問です。
事例企業の強み・弱みを問うてくる「普通の分析問題」もある一方で、中にはいきなり全力で受験生の心を折りにくる出題もあり、事例Ⅰの第1問は事例Ⅱ・Ⅲのそれよりも総じて難易度が高いと思います。
また事例Ⅰの定番フレームワークと言えば「さちのひもけぶかいねこ」ですが、2次試験全般が単にフレームワークを当てはめるだけでは解くのが難しくなっているようにも感じます。
ということで今回は過去問の中から何を問われているのか分かりづらい、イコール解答の方向性が分かりづらいタイプの「事例Ⅰ 第1問」を特集してみました。
なお、2次試験の助言問題を解く上で最初に押さえておきたい「やってはいけない」ことについては下記記事を参考にしてください。
過去問①:平成25年度 事例Ⅰ 第1問(設問1)
事例企業A社は健康食品・サプリメントの通信販売事業者です。
A 社は、ここ数年で急速に事業を拡大させている。以下の設問に答えよ。
(設問1)
A 社のこれまでの成長を支えた、健康食品の通信販売事業を長期的に継続させていくために必要な施策として、新商品の企画や新規顧客を開拓していくこと以外に、どのような点に留意して事業を組み立てていくことが必要であるか。80 字以内で答えよ。
※太文字部分は私が手を加えました(以下同様)。
通常、事例Ⅰ~Ⅲの第1問は分析問題が出題されることが多いです。が、「留意点」を述べよと言いつつ、これは実質的に助言問題です。
この問いに対してどう答えるのか…、まずは基本的な条件として
- 与件文の指示①:新商品の企画や新規顧客を開拓していくこと以外
- 与件文の指示②:健康食品の通信販売事業を長期的に継続させていくための留意点
- 事例Ⅰなので「組織・人事」の視点から解答しないとだめ
といこうとは、ここで問われていることは…、
- 既存顧客に対しての既存商品の売上が
- 長期的に継続していくように
- 組織・人事上で留意すべき点
つまりリピーターであり、固定客であり、A社のファンである顧客を獲得するために組織人事はどうあるべきか、ということを問うているのだと分かります。
となると、
- オペレーターの電話対応スキル向上
→社員教育の充実 - アフターサービス向上
→これも社員教育またはアフターサービス担当を置く - 既存客への定期DMなど広告を強化
→広告業務を承継する者を育成
このあたりが解答要素になります。
与件文にはA社には広告のノウハウを持っていることが述べられています。さらにコールセンターのスタッフの離職率が低いことも述べられているので、スタッフを運用するノウハウもあると推測されます。
そう考えると上の①~③はA社に実現可能な、既存の強みとも合致する方向性と言えるはずです。
改めて考えてみると、この設問の文章が最初から
A社が既存製品のリピーターを増やすために、組織人事のうえで留意すべき点を述べよ
これだったら難易度は全然異なるはず。
あえて前述のような分かりにくい文章で出題することに意味はあるのか…?
現実でも組織人事の課題は隠れがち?
ここで少し脱線します。
例えば、とある企業で下のような問題が起きていたとします。
- 新製品の売上が悪い
- 営業部で退職者が続出
- 主力製品の納期遅れが発生しがち
これを
・開発担当が悪い
・営業部長が悪い
・製造部長が悪い
などのように考えたら、それで終わり、というか思考停止になってしまいます。
もっと掘り下げてみると、こういう課題が隠れているかもしれません。
新製品の売上が悪い
新製品の良さが開発部から営業に伝わっていない
→社内コミュニケーションを促進すべき
営業部で退職者が続出
業務内容をちゃんと伝えずに未経験者を採用しまくった結果、ミスマッチが起きている。
→採用計画をしっかり立てるべき
主力製品の納期遅れが発生しがち
製造部長は多忙過ぎる。課長や主任には権限が無く、優先順位の変更等の指示ができない。
→能力見極めのうえで権限移譲を検討すべき
こんな感じで、現実においても組織人事の課題はパッと見ではそれと分からない現れ方をすることが多いのではないでしょうか?
事例Ⅰ全体を通して何を問われているのか分かりにくい設問が多いのも、もしかしたら実際の企業支援におけるその辺りの事情を反映しているのかもしれません。(あるいは私が思っているだけで、全然関係無いかもしれません)
過去問②:令和3年度 事例Ⅰ 第1問
今度は令和年代から1問。
直近となる令和4年・5年の第1問は、普通に強みと弱みを問う設問でした。(ある意味ラッキーです)
その前、令和3年では以下の設問でした。なおA社は印刷・広告制作会社です。
第1問
2 代目経営者は、なぜ印刷工場を持たないファブレス化を行ったと考えられるか、100 字以内で述べよ。
解答する上での絶対条件としては、
- 2代目経営者 →時制を間違えない
- ファブレスってなんだっけ? →自社で生産設備を持たず、外注先に100%製造を委託している企業
- なぜ?と問うてる →「~から。」「~ため。」など理由を答える形で解答を締める
設問文が短い分、情報が限られます。それでも解答の方向性を間違えないようにしなければなりません。
とりあえず、大きな方向性から考えてみる
それまで自社内に設備を持ち、印刷を行っていたA社がファブレス化を図るというのは、間違いなく戦略レベルの話です。かつ、与件文では印刷のデジタル化が進んだことで新規参入企業が増え、価格競争が激化したことが述べられています。
つまりここでのファブレス化は、VS新規参入企業・脱価格競争のための競争戦略の一環であると考えることができます。
1次試験の知識として、競争戦略を大別すると
- コストリーダシップ戦略
- 差別化戦略
- 集中戦略
- 差別化集中戦略
ということでした。
2次試験の事例Ⅰ~Ⅳ全てにおいて事例企業は中小企業(=大企業でない)です。このため規模にモノをいわせたコストリーダシップ戦略(およびフルライン戦略)は採用されません。
解答の方向性は多くの場合、コストリーダシップ戦略の対局である差別化集中戦略です。実際、この問題の与件文でもA社が美術印刷の分野に特化したこと、外注との協力体制で細かな顧客ニーズに対応できるようにしたことが述べられています。
これらを踏まえた解答例です。
理由は印刷のデジタル化に伴う競争激化の中で差別化集中戦略を採用したからである。
具体的には
①美術印刷の分野に集中
②外注との分業体制を構築
③自らはコンサルティング業務に注力
により高付加価値化を図った。
「さちのひもけぶかいねこ」の前に考えたいこと
ここまで「さちのひも…」のフレームワークに頼らずに記事を進めてきました。別にこのフレームワークを否定するつもりもないですが、フレームワークに頼る前に考えてみて欲しいことがあったからです。
事例Ⅰ~Ⅲの助言問題において解答する内容というのは思い切り単純化すると
- 強みを生かして、弱みを克服する
- 売上拡大、事業発展、または地域貢献など経営者の想いを実現する
これだけに集約できると思います。
さらに単純化すると、弱みを克服しなくても強みを生かせるなら②は達成できるかもしれません、先の差別化集中戦略についても、言ってみれば強みを競争に生かすための方法です。
ということで、事例Ⅰ~Ⅲにおいて最重要ポイントは何かと問われたら、フレームワーク以前に強みの活用を忘れないことだと私は考えます。
このため事例Ⅰ 第1問でいきなり何を問われているのか分からない設問、経営者の意図を問うような設問に出会ったら
第0問 そもそもA社の強みはなんだっけ?
のような脳内仮想設問(?)を自らに発して強みを確認、
その上で第1問について
A社の強みを生かす方向でこの設問に答えるとしたらどうなるだろう
さらに解答要素を「さちのひもけぶかいねこ」で抜け漏れが無いように整えていくと…
と考えてみるのは非常に有効だと思います。
もしも今年の事例Ⅰ 第1問が全力で心を折りにくる出題であったときは、落ち着いて素数を数える…のではなく、まずは強みをしっかり確認するようにしてください。
ということで、今回はここまで。