こんにちは、柴山です。
- 「1,000円」より「999円」の方が1円安いだけなのに妙にお得に感じる
- 「松竹梅」の3つの価格があると真ん中を選びたくなる
- 普段は節約しているのに、自動車を買うときに限って何万円ものオプションをいくつも頼んでしまう
こういった経験、誰しもあるのではないでしょうか。
これは単なる錯覚ではありません。人の心は価格に対して驚くほど直感的で、理屈よりも印象で反応してしまうのです。
価格をどう設定するか——それは、商品やサービスの魅力をどう伝えるかと同じくらい重要なマーケティング戦略の一つです。本記事では、心理学や行動経済学の知見をもとに、消費者の心に響く“価格のつけ方”について分かりやすくご紹介していきます。
「価格戦略に心理学を活かしたい」
「売れる値付けを知りたい」
そんな方にぴったりの内容です。
今回記事はこんな方におすすめ
- 心理学や行動経済学に興味がある
- 心の仕組みとマーケティング、価格戦略との関係を知りたい
- 価格戦略に関わる中小企業診断士の試験問題を攻略したい
価格戦略と心理学の関係 – なぜ“価格の心理”が重要か?
価格は、数字以上の意味を持ちます。
同じ1,000円でも「キャンペーン価格」や「特別価格」といった言葉が添えられるだけで、安く感じたり、お得に思えたりすることがあります。
私たちは、価格を絶対的な価値としてではなく、あくまで”相対的”に評価しています。「以前より安い」「あの商品より高い」「これだけのサービスがついてこの値段ならお得」といった印象が、購入の判断を左右するのです。
つまり、価格は”提示の仕方次第”で消費者の心を大きく動かせる。これこそが心理学を活かした価格戦略の出発点です。
実際、行動経済学の研究により、価格にまつわる多くの心理効果が明らかになっています。
消費者の心を動かす価格戦略の心理効果
ここでは、マーケティングに応用しやすい代表的な心理効果を4つ紹介します。どれも価格の印象を大きく左右し、購買行動に直接つながるものばかりです。
デコイ効果(おとり効果)
たとえば3つの価格帯の商品がある場合、真ん中の価格を選びやすいという傾向があります。これを利用し、最も売りたい商品に対して“見せかけ”の選択肢(=おとり)を用意することで、消費者の判断を誘導します。
例として「松竹梅」価格があります。
ランチ:1,000円
とだけあるよりも
Aランチ:1,000円
Bランチ:1,500円
Cランチ:1,800円
という価格設定が有った方が…
Cランチだと高いし、
Aランチだとあんまり美味しくないかも…
よし!Bランチにしよう!!
…という心理で、
Bランチの注文が増えることで売上が増える、というものです。
アンカリング効果
人は最初に見た数字を基準(アンカー)として、その後の価格判断を行う傾向があります。「通常価格9,800円→特価4,980円」と表示することで、実際の価格よりも“安くなった”印象を強めることができます。
左桁効果(チャーミングプライス)
1,000円よりも999円の方が安く感じるのは、左端の数字に注目してしまうからです。特に「9」で終わる価格はお得感を生み出しやすく、売上アップに寄与します。
左舷効果を狙った価格設定にすると、結果的に半端な価格になります。そのため「1,980円」のような半端な価格を「端数価格」ということもあります。
ゼロ価格効果
「無料」になると、それが本当に必要かどうかにかかわらず、人は惹きつけられます。たとえ価値が小さくても、0円のインパクトは絶大で、行動を促す強力な動機になります。
これには、
- スーパーの試食
- 化粧品の無料サンプル
- アプリの無料版
など、身近なところにたくさんの例があります。
心理的財布の錯覚
高額な買い物をしているとき、人は一時的に「財布のヒモが緩くなる」傾向があります。これを心理的財布と呼ぶことがあります。
たとえば、普段は節約を心がけているのに、自動車を買うときになると…
せっかくだから
オーディオもいいのにして、
サンルーフもつけて、
アルミホイールもつけて…
こんな感じで、何十万円ものオプションを平気でつけてしまうことはありがちではないでしょうか?似たようなことは、住宅の購入だったり、結婚式の式場プランでも言えます。
いずれも総額が大きいために、数万円の追加オプションを気軽に選んでしまう。これも価格の相対評価と感情による判断の一例です。
こうした心理効果をうまく活用することで、消費者にとって自然で無理のない形で商品を選んでもらいやすくなります。 次章では、これらをどのように実際のマーケティングに活かしていけるのかを考えていきましょう。
価格設定に心理学を活かす実践のヒント
ここでは、前章で紹介した心理効果をどう具体的にマーケティングの現場で活用するか、その「考え方」に焦点を当ててご紹介します。
価格の”見せ方”を設計する
重要なのは、価格そのものだけでなく、「どのように見せるか」です。
たとえば、飲食店のメニューでは、高価格の料理を最初に提示することで、後に続くメニューが相対的に安く感じられるよう工夫されています。これはアンカリングの応用です。
また、「通常価格」と「割引価格」を並べる表示は、お得感を視覚的に訴求する定番手法です。こうした“見せ方の設計”には、心理学的な裏付けがあるのです。
選択肢を戦略的に並べる
おとり商品や、先に挙げた3段階の価格帯は、デコイ効果を狙ったものです。
売りたい価格帯に誘導するためには、その上下に適切な「比較対象」を用意することがポイントです。
「高すぎて選ばれないが価値を際立たせる商品」や「安すぎて品質に疑問を抱かせる商品」など、選択肢の配置が意思決定に与える影響は小さくありません。
“無料”の使い方に注意する
ゼロ価格効果は強力ですが、乱用すると“価値がないもの”として認識されかねません。
無料にする場合は、
- 試供品
- 初回限定
- 期間限定
など、特別感を持たせる工夫が大切です。
これに近い例として、普段よりも安くなるセールを連発し過ぎると、
また、近いうちにセールをやるはずだから
買うのは今度にしよう!
という、「セール待ち」の顧客が現れることが知られています。
強力なカードだけに、使いどころや、見せ方をしっかり検討することが必要です。
高額商品の提案タイミングを考える
心理的財布の効果を活かすには、高額商品の購入タイミングにあわせて関連商品やオプションを提案することが有効です。
たとえば自動車のセールでは、消費者の購入意欲が固まってからでないと、オプションを提示することで
え、まだこんなにかかるの?
と、引かれてしまうかもしれません。
一方で、
- 本体価格の値交渉が終わってからオプションを提示する
⇒値引き分を少しでも回収する - 競合と迷っている時はオプションをサービス価格で提供する
など、商品の性質、本体とオプションそれぞれの利益率などによって、様々な提案を使い分ける必要があるでしょう。
関連効果との違いと使い分け──フレーミング・プロスペクト理論との関係
価格の見せ方には多くの心理効果が関与しています。
ここでは、すでに取り上げた効果と深く関係する「フレーミング効果」「プロスペクト理論」との違いや使い分けについて簡単に整理しておきましょう。
フレーミング効果
「伝え方が変われば、受け止め方も変わる」というのがフレーミング効果です。
たとえば、「90%成功する手術」と「10%失敗する手術」は、実質的には同じ情報ですが、印象はまったく異なります。
価格の世界でも、「1,000円引き」より「今だけ1,000円お得!」といった表現の違いで購買意欲に差が出ることがあります。このテーマについては以下の記事もご覧ください。

プロスペクト理論
プロスペクト理論は「人は利益より損失を強く感じる」ことを示した理論です。つまり、「得をする」よりも「損をしない」ことに強く反応する傾向があります。
たとえば「今なら送料無料」よりも「今すぐ買わないと送料がかかる」という表現の方が行動を促しやすい場合があるのです。詳しくは、以下の記事をご覧ください。

このように、価格戦略においては個別の効果を単独で使うのではなく、文脈に応じて“組み合わせる”ことがポイントです。
中小企業診断士 1次試験 令和6年「企業経営理論」第37問
ここで、価格戦略に関する中小企業診断士 1次試験の問題をピックアップしました。
ここまでに出てこなかった用語については、下に解説を設けました。
価格設定に関する記述として、最も適切なものはどれか。
ア 価格バンドリングでは、バンドリングされる 2 つの商品間におけるカニバリゼーションを避けるため、商品間の品質や価格などの差を十分に大きくしておく必要がある。
イ キャプティブ・プライシングは、例えばプリンターとインクカートリッジのような組み合わせにおいて、プリンターの価格を安くして購入を促し、インクカートリッジで利益を確保していこうとする価格戦略である。
ウ ダイナミック・プライシングは、宿泊や航空のサービスなどの需給に大きな変化が生じやすいカテゴリーでは適応されるが、自動販売機や小売店頭で販売されるような需給の変化が小さいカテゴリーでは適応されない。
エ フリーミアムは、スマートフォンなどの高価格商品においては当該ブランドを選択する吸引力になりうるが、ファストフードのコーヒーなどの低価格商品においては当該店舗に来店する吸引力になりにくい。
新出用語の解説:
●価格バンドリング
複数の商品やサービスをセットにして、単品で買うよりも安く提供する販売方法です。たとえば「PCとウイルス対策ソフトのセット販売」など。バンドリング商品同士が似すぎると、顧客がどちらかしか選ばなくなってしまう(カニバリゼーション)リスクがあるため、組み合わせには注意が必要です。
●カニバリゼーション
日本語で「共食い」。似たような商品を複数出すことで、かえって自社商品の売上が食い合ってしまう現象のことです。新商品が旧商品の売上を奪う場合などによく見られます。
●キャプティブ・プライシング
本体を安く売り、付属品や消耗品で利益を出す価格戦略。プリンター本体を格安で販売し、インクカートリッジで収益を確保するような例が典型です。
●ダイナミック・プライシング
需要や供給の状況に応じて、価格を柔軟に変動させる価格戦略です。AIやビッグデータを活用してリアルタイムに価格を調整する手法もあります。
例:観光シーズンと閑散期でホテル宿泊費が変動するのがよく知られた例です。他にもスターバックスでは地代が高いエリアでは商品価格を高くするなど、ダイナミックプライシングを取り入れています。
●フリーミアム
基本的なサービスは無料で提供し、より高度な機能や追加サービスを有料にするモデル。たとえば音楽アプリやクラウドサービスなどでよく使われます。無料ユーザーをきっかけにブランドへの関心を高め、有料版へと導く狙いがあります。
例:zoomや生成AIなどのサービスでは、無料プランで便利さを体験し、有料プランを申し込みたくなるように設計してあります。
まとめ──価格は“印象”で売れる時代へ
価格戦略というと、コストや競合との比較など、数字だけに注目しがちです。
しかし、心理学や行動経済学の視点を取り入れることで、「なぜこの価格が売れるのか」という本質に迫ることができます。
・人は損失を強く嫌う ⇒プロスペクト理論
・伝え方ひとつで印象が変わる ⇒フレーミング効果
・選択肢の配置で判断が変わる ⇒デコイ効果
こうした知見を活かせば、価格設定は単なる計算を越えて「感情に寄り添う戦略」へと進化できるかもしれません。この記事が「価格戦略」のヒントになれば幸いです。
ということで、今回はここまで。
問題の解答:イ