海鮮酒房なぶら|「一時なんて、この辺で一番クロマグロを捌いてたんじゃないかな」


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地域の事業者様インタビュー vol.01(カテゴリー:食品・飲食)

このシリーズは、愛知県一宮市を始めとした地域で事業を営む方々を訪ね、その経営者としての素顔に迫るインタビュー連載です。

夢をかなえた話、景気の良い話だけでなく、日々の葛藤や今後の課題も含めて、なるべくそのままお伝えしていきたいと考えています。

第一回は、一宮市浅井町にある居酒屋「海鮮酒房なぶら」様。(以下「なぶら」と略)

店主の岸田さんから、開業の経緯やコロナ期に訪れた変化、マグロ釣りへの情熱、そして情熱と商売の間で揺れてきた日々までお話をうかがってきました。

なぶら外観

海鮮酒房なぶら 基本DATA
業種:居酒屋/愛知県一宮市浅井町大日比野東若栗40/ランチ:11:30〜14:00 夜:17:30〜23:00/定休日:水曜(木曜はランチ営業無し)/予約・問い合わせ:0586-53-3701/Instagram:@naburayone

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100kgオーバーのクロマグロをハイエースの車中で解体した話

ある日の出来事、岸田さんのもとに釣り仲間から連絡が入った。

「マグロ釣ったから明日持って行くのでよろしく」

そして翌日に届いたのは、180キロを超える一本のクロマグロだった。

岸田さん

「海鮮酒房なぶら」店主
岸田 崇裕(きしだ たかひろ)さん。
カウンター越しに撮影

元々「なぶら」は釣り人による魚の持ち込みも受け入れてきた店である。しかし、流石にここまでのサイズになると話が違ってくる。

問題はなにより、それを調理場まで運ぶ人手がなかったこと。その時、店にいたのは岸田さんとスタッフ1人、そして魚を持ち込んだ本人の3人だけ。

180キロの魚を車から降ろすだけでも一苦労、というよりも物理的に不可能である。おまけに解体するためのスペースも足りない。

「もうしょうがないから、ハイエースの中でマグロバッグ広げることにしてね」

マグロバッグというのは、通常の箱型クーラーでは入りきらない大型魚を持って帰るための保冷バッグだ。サイズには種類があるが、今回のようなクロマグロが入るものであれば大人1人がすっぽり収まる大きさである。

マグロバッグの実例はこちら

幸いマグロバッグはファスナーを開くことで展開できるようになっている。イメージとしては、キャンプなどで使う寝袋を開くとブランケット状になるのに近い。

結局、岸田さんはマグロバッグをハイエースから降ろすことはあきらめ、荷室でバッグを広げて解体を始めた。

もしも事情を知らない人が見たとしたら、駐車した車の中で包丁を片手に作業をする姿はかなり奇妙だったに違いない。

「通報とか、職務質問されてたらやばかったですね」

岸田さんは笑いながら話した。

こんな無茶を笑い話として語れてしまうくらいに、これまで岸田さんはマグロを捌いてきた。

「この辺で一番クロマグロを捌いていた店」

冗談交じりに、しかし本人はまんざらでもなさそうにこう言う。

「一時なんか、多分この辺で一番クロマグロを捌いている店になってたよ」

その自負を裏付けるように、店の外にはマグロ用の大型クーラーがまるごと収納できるプレハブ冷蔵庫があり、店内の冷凍庫もマグロの保管のために整備してきたという。

クロマグロ
「なぶら」店内①/釣り仲間の写真とともに、岸田さん自身の釣ったクロマグロのデジタル魚拓が展示されている。

なおクロマグロは2021年から遊漁(釣り)に対しても規制が始まり、釣った後の報告義務や小型魚のキープ禁止が導入された。今でも馴染みの釣り仲間がクロマグロを持ち込むことはあるが、規制以前は現在の比ではなかったそうだ。

近年のマグロ釣り事情(クリックすると開きます)

「マグロ釣り」と聞いて、椅子にどっしり座り、じっと当たりを待つ、松方弘樹さんの『巨大マグロ伝説』のようなトローリング(疑似餌を船で引きながら待つ釣り方)をイメージする方も多いのではないだろうか。

しかし近年に盛んになっているクロマグロ釣りはそれとは趣が異なる。船から釣るという点では同じでも、キャスティングゲームと呼ばれるスタイルで、船上で立ったまま自らルアーを投げ、ヒット後も立った状態でやり取りをする。

今でもこのジャンルの第一人者と呼ばれる有名アングラーが、100キロを超えるクロマグロ(131.5キロ)をキャスティングスタイルで釣り上げたのが2008年。その後20年弱の間に道具や釣り方が急激に進化し、2026年現在では200キロ超の大型を仕留めることも可能になってきた。

とはいえ、誰でも簡単に釣れるわけではない。専用の道具は高額で、体力づくりを始めとした綿密な準備が欠かせない。また、沖に出てもクロマグロの群れに出会えないまま1日が終わったり、かかってもラインを切られたりなど、釣果を得るまで何度も通い詰める覚悟が求められる。

今も昔も変わらず、難易度の高い釣りであることに違いはないのである。

「何にも考えてなかった。店をやれば儲かると思ってた」

岸田さんが「なぶら」をオープンしたのは26歳のとき。地主の方から「この土地で何か商売をやらないか」と持ちかけられたのがきっかけだったという。

「軽い気持ちで『やる』って答えただけ。何にも考えてなかった。店をやれば儲かると思ってた」

若さゆえの勢いだった、と本人も振り返る。開店のきっかけは勢いだったが、店の中身を決めたのは釣りだった。

もともとはバンドもやっていてライブができる店をやりたかったという岸田さんだが、当時没頭していた釣りを通じて三重県の漁師とつながりができていたことから、鮮魚を扱う店に方向転換したという。

「先に魚のルートがあったから、じゃあそれを活かそうか、みたいな」

三重で知り合った船頭の紹介から始まったこの仕入れルートは、20年以上経った今も続く。市場からの仕入れに加えて、漁師から季節の魚介類が直接届くことが、この店の大きな特徴の1つだ。

三重県安乗から直送の真鯛・石鯛・グレ(メジナ)など
三重県安乗から直送の真鯛・石鯛・グレ(メジナ)など

ふと気になって「今、そのときの自分に声をかけるとしたら?」と聞いてみたところ、岸田さんからは

「お前、そんなに甘くはないぞ、って言っときたいね」と笑って返ってきた。

いつしか釣り人が集まる店に

岸田さんは子供の頃より、父親に連れられて堤防でのサビキ釣り・キス釣りなどを経験してきた。

その後、会社員時代にブラックバス釣りなども経験したが、物足りなさを感じて海の大物をルアーで狙うようになる。

さらに、シイラ、ヒラマサ、キハダマグロとステップアップする過程で、漁業も行う三重県の遊漁船の船長と親しくなり、「なぶら」開店後の仕入れのルートにもつながっていく。

岸田さんは「なぶら」が開店してからも大物釣りのチャレンジを続け、いつしか狙いは大物釣りの「究極のターゲット」とも呼べるクロマグロに。

そして「なぶら」には岸田さんと同じように大物を釣りたい人たちが集まり、貸切で仲間とのイベントを開催したり、釣れた魚の調理を依頼するようになっていた。

「なぶら」にマグロなど大型魚の持ち込みが増えたのも、こういった事情からである。

背びれ
「なぶら」店内②/マグロを釣った記念として店内に飾ってある、背びれ(第二背びれ)を乾燥させた剥製

コロナ期に訪れた変化とは

ただ、釣りへの情熱がそのまま商売に上手くつながるとは限らない。

釣りの帰りに立ち寄る常連客で店は賑わうようになったものの、必然的に車で来る人がほとんど。アルコール無しで注文は定食のみ、となると客単価はどうしても伸びにくい。

来店してもらえるのはありがたいと思いつつ、経営としては悩ましい時期もあったという。

転機になったのは、コロナ禍だった。

厳しい状況の中で営業ルールを守りながら店を開け続けるうちに、それまでよりも純粋に食事を楽しみたい、という来客が増えた感触があった。

気づけば、客層は釣り仲間中心から地元の家族連れや遠方からの客も含む、幅広い層へと変わっていた。

「なぶら」では、ランチでも刺身定食や海鮮丼などで新鮮な魚介類を楽しむことができる。とはいえ、本命はやはり夜のメニューだ。

「昼間に時間をかけて仕込んだものを夜にお出ししてます。ぜひ夜に来て頂いて、厳選した食材とお酒を味わって欲しいですね」

というのが岸田さんの想いだ。

その想いが届いたのか、最近では一宮市内だけでなく稲沢市や名古屋市からの来客もあり、女性グループの来店も多いそうである。

今も消えない、100kgオーバーへの野望

客層は広がったが、店の背骨にあるものは何も変わっていない。

仕入れの多くは今も三重県の漁師とのつながりに支えられており、岸田さん自身も釣りへの情熱を失っていない。

「100キロを超えるクロマグロを釣りたい」

これが今の岸田さんの野望だ。

以前であればクロマグロ釣りと言えば青森県などへの遠征が定番だったが、近年では富山県や福井県などの沖でも群れが見られるようになったそうである。

国際的な漁獲規制によりクロマグロの個体数が増えたのではないか、というのが大方の釣り人の意見だ。

自然環境の変化もあり、夢をかなえる舞台は整いつつある。

「一生に1度しか釣れん魚を狙うんだから、そいつに出会うためには舐めた道具じゃ駄目」

岸田さんは言葉に力を込めて語った。

reel
「なぶら」店内③/マグロ狙いで使用する大手メーカーのハイエンドリール

釣ったクロマグロを売ってはいけない?
水産庁の資源管理ルールにより、遊漁で釣ったクロマグロを自分の経営する飲食店等で提供・販売することは認められていません。従って、たとえ念願の1本を釣り上げても、それを「なぶら」のメニューとして提供することはありません。(キハダマグロなど、クロマグロ以外のマグロはこの規制の対象外です)
岸田さんにとってクロマグロ釣りは、あくまで一人の釣り人としての夢です。

そして、開店30年を見据えて

岸田さんが20代でオープンさせた「なぶら」は、まもなく30周年を迎えようとしている。

店の設備にも歳月は表れており、自動ドアや水回りなど設備の更新を考えているという。

また常連客の年齢も上がってきていることを考え、店内の座敷スペースを掘りごたつ型から椅子に座るタイプへの改装を検討している。

「バリアフリーの一環と言うか、お客さんが長時間座っていても楽なようにしたいので」

開店初期からの常連客が孫世代と一緒に来店しても楽しく過ごせる店になるよう、今後は設備投資を考えていく予定だ。

「海鮮酒房なぶら」Gallery

店内

三重県から直送の食材(インスタグラムより)

メニューより

取材後記:
「海鮮酒房なぶら」の凄いところは、一宮市の中心部から離れ、利便性が決して高いとは言えない立地で30年近くも堅実に営業を続けていることだと思います。三重県直送の食材には魚だけでなく、冬場には牡蠣もありますので、ぜひ一度訪れてみてください。(柴山)

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